東京高等裁判所 昭和29年(う)3309号 判決
被告人 石上小平 外
〔抄 録〕
一、甲弁護人の論旨中第一項の第二点ならびに乙弁護人の論旨第三点及び被告人鈴木泰彦の論旨中追徴不当の主張について。
原判決が被告人石上、鈴木両名に対し原判示第一の金員受交付罪の成立を認めた上右被告人両名から金十五万円を追徴する旨の言渡をしていることはまさに所論のとおりである。所論はいずれも右追徴の言渡をしたのは不当であると主張するから按ずるに、記録を精査しかつ当裁判所における証拠調の結果を総合すると、被告人石上、鈴木の両名は原判示第一の日時場所において議員候補者高橋統閭から原判示金十五万円を受取つて千葉県船橋市の鈴木被告人の居宅に引上げ、石上被告人も同所に一泊したが、翌十五日朝右金員を鈴木被告人に預けて同県銚子市の自宅へ立帰つたので、鈴木被告人は同日午前中に自宅から千葉県医師会事務局長大熊健太郎に「大事な預かり物があるから受取りに来るように」と電話をかけて外出したところ、その留守中に右大熊の命により同医師会の事務員横尾[光廣]が鈴木被告人方を訪れ同被告人の妻女から右十五万円の金包を受領してこれを前記大熊事務局長に引渡したことが認められる。即ち右十五万円のその後の行方はともかくとして少くとも右金員が鈴木、石上両被告人の手中に保管されていなかつたこと及び両被告人がこれを自己の用途に費消して利益を享受したという事実のないことだけは明認されるのである。然るところ、公職選挙法第二二四条はかかる場合においてまでその交付を受けた利益を没収または追徴するという趣旨ではないと解するのを相当とするから、本件の石上、鈴木の両被告人からは右金員の没収は勿論、追徴もすべきものではないといわねばならない。してみれば、原判決が前記のように右被告人両名に対し金十五万円を追徴する旨の言渡をしたのは、右金員が既に本件被告人から第三者へ交付された事実について認定を誤つたか、或は公職選挙法第二二四条の解釈適用を誤つたものというべく、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄を免れない。論旨はいずれも理由がある。
二、甲弁護人の論旨第一項第三号及び第二項第二点ならびに乙弁護人の論旨第五点について。
記録を調査すると、被告人石上小平、同鈴木泰彦、及び同岡茂雄の三名はいずれも相当経験に富む医師で、いずれも社会的に尊敬されている人物であること、本件犯行の動機は、千葉県医師会長の職に在つた高橋統閭が立候補したため、同会の役員をしていた本件被告人等はいずれも政治的野心家ではないが立場上その応援をせざるをえなかつたこと、しかも右高橋候補者は選挙資金が潤沢でなかつたため、選挙事務長(出納責任者)以下選挙運動者間に不和を生じ、選挙運動の中途において選挙資金の捻出をめぐり仲間割れの事態さえ発生しつつあつたので、それを打開解決しようとした被告人等が熱心に活動したことが、かえつて本件のような不祥事を生むに至つたものであることが認められ、その犯情にはやや同情すべきものがある。金銭によつて選挙の公正を害しようとする所為はもとより許さるべきことではないし、しかも、被告人等は本件金員の授受を正当化しようとして、千葉県医師連盟に対する立替金であるとか、或は同連盟から友好的政治団体に対する政治献金であるとか、種々牽強附会の説を述べているのは甚だ好ましくない態度であるが、自己の行為を正当化しようとして弁解するのは刑事被告人の通有性であるから、これを目して直ちに被告人等に改悛の情が認められないと即断するのは早計である。要するに本件の罪質、犯罪の動機、態様、被告人の年齢、経歴、家庭の状況その他諸般の事情を彼此考量すると、被告人等に対しては選挙権ならびに被選挙権の停止をしないのが相当であると認められる。従つて右とその趣旨を異にし、被告人等の選挙権、被選挙権の不停止をしなかつた原判決はその量刑やや重きに過ぎるものといわねばならない。原判決はこの点においてもまた破棄を免れない。本論旨もまたいずれも理由がある。